サウンドインスタレーション
遍在 ver.1

1999-2000

この宇宙に中心はなく、またあらゆるものが中心となり得る。時間には始まりも終わりもなく、またすべての瞬間に時は終わりそして始まる。すべてのものは現れては消え、移ろい、流れ、その営みは止まることを知らないこの作品は暗闇の中で約400個のベル鳴り、発光ダイオーが光る、音と光のインスタレーションである。

■概要
ベルと発光ダイオードは体験者の周りを囲むようにさまざまな位置と高さに配置されている。ベルは銅や真鍮のパイプでできており、コンピュータ制御されたモーターに付けられた木のボールで打ち鳴らされることによって音を出し、音楽を奏でる。音楽とシンクロしてモーターに付けられた発光ダイオードが光る。

■音ー実材の使用
この作品に使用されるすべての音は銅や真鍮のパイプを打ち鳴らすことによって発生され、コンピュータやシンセサイザーなどの電子機器による音は一切使用されていない。またアンプなどによって増幅されてもいない。ベルのひとつひとつはそれぞれ固有の音程と音色を持っているが、多くのベルが連続して鳴ることによって共鳴しあったりさまざまな和音やリズムを作り出す。また、コンピュータやCDなどのデジタルデータの再生ではあり得ないデリケートな音や、音響効果 を生み出す。また空間のいたるところに配置された多数のベルの音がつくり出す音は、普通 のオーディオシステムなどでは実現できない立体感を感じさせるであろう。

現代人はコンピュータやテレビ、CDなどの機械による音にあまりに慣れてしまっているので、このように実材によってつくり出される音は逆に新鮮に聞こえるかもしれない。この作品では目に見えないところで電気の配線やコンピュータのプログラムがなされているが、最終的に人に聞こえる音は実材から発生される。電子機器を使えば簡単に造り出されるような音を敢えて銅や真鍮などの実材を使うことによって造り出すことによって、人の新たな感覚を刺激し、現代人が失いつつある生な音に対する感知力を目覚めさせる。テレビ、CDなどの音や映像ばかり体験していると、視聴覚の感覚や感性の幅が狭くなってしまうのではないかと危惧から、電子機器が発達した現代に、敢えてこのような実材を用いた作品を制作することは意義があると思う。また今後、コンピュータなどが社会や生活のあらゆる局面 に浸透していくであろうが、あまりコンピュータが前面に出過ぎることなく、背後で人の社会や生活を支えているという図式が望ましいと考える。そのような理想の象徴的なかたちとしてこの作品を捕らえることもできる。

■音の空間
人は自分の回りの空間を認識することによって自分の肉体や存在を自覚することができる。回りの空間が対象化できないような捕らえどころのないものとなったとき、自分の肉体の存在を忘れ、身体の境界があいまいになり、意識の変容がおこる。この作品はまさに音に包まれ、音に浸ることができるような体験を提供するものである。この作品においては音は体験者の身体の外にあるものではなく、体験者が音に包まれ、充たされ、自分と音や回りの空間の境目を無くし、自分がまわりの空間に溶けるような感覚を得ることを目指している。

■光り
この作品に使われている発光ダイオードの光りは、音が出てくる場所を指し示し、空間の奥行きを感じさせると同時に、暗闇にまたたく星やホタルの光ような 幻想的て神秘的な空間を演出する。あまり饒舌に具体的な意味や形を提示しているのではないので、体験者の想像力を駆り立てるものである。光は音と同様に体験者の回りの暗闇の空間の中に体験者を取り囲むように配置され高速で点滅をくり返しているので、体験者は対象としてしっかり把握することができず、音と相まって体験者をある種の思考停止状態にするよう意図されている。

■哲学ー多元論的宇宙観
この世界や宇宙、自然界では特定の中心はなく、個々のものがは自由な一個の独立した存在として存在しているが、一方また多くのものが相互に有機的に関わりながら、全体として一個の生命体のようになっている。この作品において、音は離れたところで鳴っていてもそれぞれの音が共鳴しあったり和音を構成したりしている。つまり個々のものが違う物を発信しつつ全体としてある一つの有機的な調和のある世界を形成して、ある種の多元論的な宇宙観を象徴的に表現している。

 

■音楽
この作品によって奏でられる音楽は、この作品の特性を生かす為に作曲された曲である。ある時には残響の長い環境音楽的なものであったり、またある時には単純なリズムがくり返えされるある種の民族音楽やミニマルミュージックのようであったりする。これらのアンビエントなパートとミニマルなパートが交互に訪れ、体験者を飽きさせない。

〈環境音楽的なパート〉
環境音楽的なパートにおいてはリズムは無く、ゆっくりと音が立ち上がり、またゆっくり残響を残して消えてゆく。音は銅など実材をつかって鳴らされるので単純な一つの音でも深みと余韻のある音になる。禅の概念に「空」という言葉がある。「空」とはで「無」が充満している状態をいう。音と音の間の時間、光と光の間の空間になにもないのではなく、その間にこそ何かが満ちているものがあり、そのような概念を実体化することもこの作品の目的である。

〈ミニマル音楽のパート〉
ミニマルなパートにおいてはインドネシアのガムラン音楽や現代音楽のような、単純なリズムの繰り返しによって構成されている。最初は静寂の中からシンプルな音やリズムで始まり徐々に様々な音が加わってきて厚味のある音になってゆき、また転調などがくり返され持続的に変化してゆく。そして少しずつ音が減っていき、またシンプルな音やリズムに帰ってゆき、最後にまた静寂にもどるという、時間によって変化する循環的な形態、たえず変化し、循環しつづける構造になっている。時に静寂になり、 時にダイナミックに、時に早いリズムで、ときにゆっくりと様々に変化しながら、自然や宇宙の流れや循環を象徴的に表現し、人間に生理に訴えかける。

■体験方法
音楽は15曲ありすべての音楽が一巡するのに約3時間かかる。その間、体験者ずっと体験することもできるが、自由に出入りすることができる。体験者は作品の中央部の空間に立って体験する。また中央部分に椅子などを置いて、ゆっくり、長時間体験することも検討する。一度に体験する人数は一人から数人とする。体験者ができるだけ近くに光と音を感じるようにするためである。

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